改正電子帳簿保存法への対応と経理改善

1.全国の会計事務所現場における電帳法対応の現況

今から22年前の2000年に当時の森内閣がe-Japan構想を発表しました。

その内容は、世界最先端のIT社会を目指すことを目標に掲げ、超高速ネットワークインフラの整備、電子商取引の制度基盤や市場ルールの整備、電子政府の実現、人材育成を重点政策とし5年間で実現するというものでした。

非常に長い年月がかかって今回改正電子帳簿保存法(以下電帳法)が施行されましたが会計ベンダー各社の個別調査によると既に電帳法への対応準備ができている企業は30%程度との報道があります。

実際に筆者が会計事務所のコンサルタントとして北海道から沖縄までの事務所を回った中での実感としても、2021年11月時点で顧問先に電帳法の個別対応指導している事務所は皆無でした。

デジタル社会への対応をしなければならないと生き残れないという意識だけは共有できていますが現実の社会では官民とも進捗できていないのが現状です。

2.電帳法対応が進まない理由

①情報発信不足

電帳法対応が進まない一番の原因は情報発信不足です。

企業経営の継続にとって大きな影響を与える改正なので公費を使ってでも広報すべきであると考えます。また会計事務所のように中小企業のブレーンとして情報発信すべき立場の方においても、その対応方法がわからず詳細な説明ができていないのもその一因となっています。

②経営への影響の認識不足

制度自体は知っていても『対応しない又はできない場合の影響度や、対応するために必要なコストや日数など実際の経営への影響が理解できないので行動に移していない』という要因もあります。

➂社会全体のデジタル化への遅れ

帳簿やエビデンスといった社会行動や商行為の一部分のデジタル化を実現するにあたって、他の部分のデジタル化が進捗できていないために不都合(一部分のみのデジタル化により、むしろ手間が増える、作業が多くなる、コストがかかるなど)が大きすぎるという要因です。

例えば、出張を行う際にホテルの手配はネットで行い、ホテルの精算も電子マネーやクレジットと言ったキャッシュレスで行っても、ホテルの窓口でもらう領収書や請求書が従来通りアナログ(紙)という現実ではデジタル化のメリットが享受できません。

グローバル世界への対応、少子高齢、働き方変革など様々な社会課題を改善する手段としての社会のデジタル化は避けて通れませんが、大きな効果を我々が得るためには日本を、社会を、抜本的に変えるという強いリーダシップと行動力が必要なのでしょう。

かつて返還後の沖縄で、右側通行だったルールを一夜にして左側通行に変更したような大きな決断と実行がデジタル分野でも求められています。

3.顧問先への電帳法指導のステップ

今回の電帳法では国税関係帳簿や国税関係書類の『保存』に関するルールが変更になります。

『保存』という工程は経理業務工程中の最後の工程となります。通常、経理業務工程は以下のような流れになります。

①商行為発生 ⇒ ②業務処理 ⇒ ➂承認 ⇒ ④エビデンス発行 ⇒ ⑤保存

(例)

売上の場合

①販売成立 ⇒ ②請求書作成 ⇒ ➂承認 ⇒ ④請求書発行 ⇒ ⑤請求書「控え」の保存

経費精算の場合

①備品購入 ⇒ ②小口伝票入力 ⇒ ➂承認 ⇒ ④領収書受領(確認) ⇒ ⑤領収書の保存

今回このプロセスにおいて④が電子の場合には電子で保存するルールに変更となりました。

しかし④がアナログ(紙)の場合には、アナログでも電子でもどちらでも良いということにもなっています。

そうすると顧問先の経理現場において①から④まで既に電子で対応していれば必然的に⑤は電子での対応となるために相応の設備導入やルール変更をしなければなりません。

しかし現実の経理現場では、先述の通り、社会全体でのデジタル化は一部しか進捗できていないためにアナログとデジタルが混在した状態になっているはずです。

当社経理現場では2022年1月から電子帳簿保存もスタートしていますが、その準備作業として2021年9月現在での①~④におけるEC取引や電子エビデンスの取扱い率を調べたところわずか処理全体の8%程度でした。何度も述べるように社会全体がデジタルに切り替わっていないので多くの中小企業では当社のような状況になっているのではないでしょうか?

また、①から④のプロセスがアナログなのにわざわざ工数を増やして⑤だけを電子化する意味は全くありません。手間が増え、効率が落ち、コストが増え経営上の効果が享受できないからです。(但し、紙媒体のエビデンスをスキャンデータ化し、AI―OCRなどを活用して仕訳データに変換する作業工程が存在すれば上記の通りではありません)

そこで顧問先への電帳法指導では次のようなステップを踏まえて、顧問先の経理状況を鑑みて優先順位をつけて取り組むことが必要です。限られた時間の中での対応ですので効果も考えて行動しましょう。

Ⅰ.まずは今回の制度変更の内容と顧問先企業経営への影響を説明し、理解してもらう

Ⅱ.顧問先経理現場の分析を行う(①~④各時点での電子化率などを把握)

Ⅲ.上記Ⅱで既に電子化率が20%を超えている企業については④の全エビデンスを⑤電子保存できる体制への改善に入る
併せて①~④のプロセスについてもデジタル対応できるように改善を検討する

Ⅳ.上記Ⅱで電子化率がまだ20%に満たない企業については④の電子エビデンスの部分だけを⑤電子保存対応できるよう検討する

尚、この20%という基準ですが、既述の当社での体験値によるものとなります。

当社における、今年1月からの、電子化率8%強からの④電子エビデンス部分だけの⑤電子保存対応において、わずか8%強でも対応の面倒さを感じたことから、電子化率が当社の倍を超える現場における手間を相当程度と予見。そこから20%を一定の基準とし、そもそもの経理工程やツールの見直しを図り、デジタル対応をしていくことが、結果的には全体効率の向上につながると考えるものです。

ただし、当社においては、業務管理ソフトと電子帳簿保存対応のストレージが連動していません。

もし同一メーカー等で連動している場合には、改善検討の目安は50%程度となるかもしれません。

社会全体のデジタル化の進展とともにⅣの顧問先は時間をかけてⅢの対応をしていけば、経営上も税務上も問題ないので、しっかり個別に対応していきましょう!

4.電帳法指導のポイント

  1. 前述のように一斉対応するよりも顧問先の経理現場の状況に応じて個別対応すること
  2. 大企業は例外として、中小零細企業では今回の電帳法でもとめているシステム要件を自社内サーバで実現するにはコスト面、スキル面、人的面においてハードルが高いと思うので顧問先経理のプロセスに一番適切な外部委託先を提案すること(決して会計事務所側の都合で外部委託先を決定しないこと)留意事項例として、クラウドストレージが挙げられます。現状リリースされているクラウドストレージの機能には、データのインポート・エクスポート機能が無く、利用ストレージの変更が自由に行えない、利用ストレージ企業の倒産でデータ保存が維持できないといった運用面での課題などもあるようです。
    そういう意味では会計事務所は単に法律の内容に即した情報提供だけでなく、現実的な経理業務のプロセスを踏まえた指導が必要となり、且つその責任や主体はあくまでも1社1社の企業(顧問先)が負わなければならないということを認識してもらうことも必要かもしれません
  3. 電子保存ばかりに注目しすぎて、ルールやツール変更が経理処理全体のプロセスに不具合を与えないか検証すること
  4. 電帳法指導は顧問先への経理プロセスの改善というコンサル領域になるので、投下した時間分の報酬を回収できるように予め商品化しておくことが望ましい

5.消費税インボイス制度がデジタル化を進める?

今回は現実を踏まえた電帳法への対応について記載しましたが、顧問先経理現場のプロセスに電帳法以上に大きな影響を与えるのが適格請求書保存方式、いわゆるインボイス制度です。

インボイスの様式について規定はありませんが現実の処理の煩雑さを鑑みると、ゆくゆくは電子インボイスの発行、受領が商行為の主体となる可能性は非常に高いと思われます。

そうなると先ほどの経理業務の工程の①から④がデジタル化されるために必然的に⑤工程もほぼ全て電子での保存対応が必要になります。

このようにインボイス制度でのデジタル化の普及が電帳法普及のスピードに大きく影響するでしょう。

しかし電帳法だけでなくインボイス制度においても6年近い猶予期間を設けているようなので、社会全体をある程度強制的にでもデジタル化する流れを作らないと日本は他国から見て『ITデジタル鎖国』状態になってしまうと思います。

6.制度変更は会計事務所にとってのビジネスチャンス!

今回取り上げた電帳法への対応は会計事務所の生産性に大きく影響します。

会計事務所の製造現場における低生産性の要因の1つとして、顧問先で作成する不正確なアナログ情報を部品として、ヒトがデータに変換する作業(つまり紙部品をデジタルに変換する入力作業)に多大の時間を取られている点があります。

今回記載したステップで顧問先の経理現場を改善していけば、いずれ部品のデジタル化が進み所内での入力作業が無くなっていきます。インプットがデジタルになればアウトプットもデジタル化しますので生産性が大きく改善できます。

電帳法やインボイスといった制度変更は所内のプロセスや手順を変更する絶好の機会ですから是非とも顧問先との関係性改善実現の一助として活用してはどうでしょうか。